5月5日「子どもの日」を前に、意外な場所で多摩川「鯉」が産卵をしている。場所は多摩川右岸、河口から25�q付近で本流との合流をする支流「三沢川」。三面護岸を施され、何もかもが直線的なごくありふれた街中の水路だ。
　中を歩くと、上から投げ込まれた生活ゴミが点在し、高い壁がまるで城壁のようで取り付く隙がない。4月の中旬頃から産卵群の支流侵入が始まり、以降繰り返し新たな産卵群が入っている。

　鯉の卵の数は、中型のメス(50〜60�p)で約30万個にもなるそうだ。三沢川の本流合流付近だけでも、常時100匹以上の産卵群が滞留している。いったい産卵期を通してどれくらいの卵が産み付けられるのだろう・・・。

　多摩川中流域で見られる鯉の産卵は、水温の上昇が始まる4月上旬頃から5月の始め頃まで続く。水温で言うと日中の水温が18℃の頃がピークだ。
　産卵は、多くが本流から支流へと侵入し行われ、卵は水面下の抽水植物帯や水草などに産み付けられる。仔魚の流下を防ぐためや、その後の発育に見合う環境選びかも知れない。卵の大きさは受精卵で直径2�o前後。卵には粘着性があり、水面下の固定された軟体性のものに産み付けられる。

　産卵群は、一匹のメスを中心に複数のオスで構成。1匹のメスにオス3〜5匹で群れることが多い。観察を続けると、産卵は数回かに分けて行われ場所を移動しながら繰り返す。水中観察を行なうと、オスは移動するメスに寄り添うように追尾し、突然始まるメスの放卵に備えている様子が分かる。他種の魚のようにメスを奪い合うオス同士の闘争は見られない。

　産み付けられた卵は、水温18℃で4日ないし5日で孵化するようだ。孵化した時には、体の７割程度が完成されていた。孵化後は、順次卵黄を吸収しながら体を作り、3日後には泳ぎ始めた。飼育すると、梅雨を挟んで夏を迎える頃には、親魚と変わらない体型となり、全長で3�pほどに成長した。

　自然界では、きっとほとんどの仔魚が他の生物などに捕食されるなどで消耗してしまうのだろう・・・卵数の多い理由かも知れない。

　環境省や各行政機関で発刊する、子ども向けの「水辺の環境調査」と言うガイドブックがある。中身は、水生生物を指標にしてその水環境を評定できるようになっており、それぞれの水質順に生き物のイラストが描かれている。　無料なので大抵の学校が利用している。なるほどぉ、楽しくて判りやすい。
　ひとつ気になるのは、その中で鯉がどのガイドブックにも「汚い川にいる魚」のトップに描かれていることだ。間違いではないが、いつの間にか子供たちにとって鯉は汚い魚の代名詞になってしまった。・・・でも、別に鯉が汚い川が好きでそこを選んでいるわけではない。

　多くの水棲生物たちが絶滅した多摩川の「汚染時代」。たまたまそんな川に放流された鯉も哀れだが、1980年代では多くの鯉が奇形していた。でも、鯉は消えることなく耐え続け、こうして今も生き続けている。

　長らく観察していると、その逞しさにしばし胸を打たれることもある。コンクリート化された産卵地では、水草の代わりに川底に落ちたビニール系のゴミに卵を産み付ける。そして川底が「ヘドロ」で埋まれば、エサの確保を川底から水面へと変えて、洗剤の泡にまとわり付くユスリカの「羽化ガラ」を、泡もろ共扱い込み飢えを凌ぐ・・・橋の上から投げ落とされるパンに群がり、投げ捨てられた残飯を頬張り生き抜いた。

　気休めに放流される魚だが、ダイオキシン疑惑にてハラを裂かれ、河原に並べられた姿を見るにつけ、悲しみに胸が痛むのは私だけだろうか・・・。
　五月五日「子どもの日」。大空に大鯉が泳ぐ日に、そんな近隣住民がいることも気に留めていただければ、幸である。(賢)