雪の山里へかまくらを作りに行きました。

　場所は長野県の小谷村という小さな山村です。すぐ向こう側が新潟県だから、とても雪の多い所です。村は南北に流れる姫川沿いにいくつかの小さな集落に分かれています。大きな飛騨山脈と姫川のたくさんの枝沢に囲まれた、とてものどかな村でした。

　深い理由は思い当たりませんが、なぜか冬の雪遊びは、かまくら作りと決めています。スキーみたいに道具をたくさん揃えることもないし、第一シャベル片手に雪まみれになるのが、とても気持ちがいいんです。去年は岐阜上宝村の穂高岳の裾野でかまくらを作って、一夜を過ごしました。

　地元の人に、凍死するから止めた方がいい・・と注意されましたが、全然大丈夫です。たしかに夜は冷え込んで、マイナス十五度くらいになりますが、入口さえしっかり閉じていれば、かまくらの中はポカポカです。

　メガネが曇るくらい暖かくなります。かまくらの中でパチパチお餅を焼いたり、おつまみを焼いたり、飽きるほど夜更かしをして遊びました。

　今年はそこからは山を挟んだ小谷村で、棚田を借りてかまくらキャンプをすることにしました。棚田の上での野営は、雪のない時期に何度かしていたことがあります。野営するには、とても意外な場所だし、田んぼの上というのがとても心が温かくなれて、とてもいいキャンプになりました。なにより、段々と前が低くなっているので、山あいなのに眺めがとても雄大で、気持ちがいい朝が迎えられます。

　スキー客の渋滞を抜け、さらに国道を北上して小谷村に入りました。川の水と空以外は、全部まっ白の雪の中でした。

　同じ国道沿いなのに、スキー客で賑わう白馬村と較べると、小谷はすっぽり雪に埋もれて冬眠しているのではないかと思うほど静かです。

　お借りした棚田は、阿原という小さな集落の前に広がっていました。勾配の緩い棚田で、ちょっとした雪原のように谷下へと伸びています。

　よく見ると、棚田の雪の上には、ウサギやシカの足跡が、棚田を横切るように、右から左へとたくさん残っています。ちょっと慌ててる感じからすると、この棚田が森から森へと移動する通り道になっているのかも知れませんね。こんな雪ばかりの山で、動物たちはどんな冬を過ごしているのでしょう・・。

　感心ばかりしていられません。さっそく荷物を運び、かまくらを作り始めました。雪は、背の高さほど積もっています。だから、雪を積み上げて穴を掘るのではなく、いきなり縦穴を掘って、雪原の下側に入口を作り、そこから横へと広げることにしました。

　雪は、特別湿っぽくもなく軽くもなく、かまくら作りには、ちょうどの硬さです。三十分ほど掘り下げていくと、田んぼの土が出て来ました。

　所々刈り残った稲株が、そのままで立っています。

　土を出しておくと雪が汚れるので、少し埋め戻し、今度は横に掘り進みました。この頃になると寒さもなんのその、汗がポタポタ流れ落ちてきます。天井を削ると、雪の固まりが首筋にボタンと落ちて、飛び上がるほど冷たいですが、体がほてっているので慣れると気持ち良くなって、わざと背中へ雪の固まりをを放り込んだりして面白がりました。

　作り始めて四時間ほどで、立派なかまくらは出来上がりました。ただのかまくらじゃ面白くないので、入口を口に見立てて、耳と鼻を付けてウサギの顔にしてみました。　面白いのですが、いい年こいて、なんだかどっかの公園にありそうな、不真面目な雰囲気のかまくらになりました。

ギャーギャー面白がっていると、十五軒しかない里の人々も　そのうち家から出て来始めて、「ウサギの耳は、もっと長いだろ」とか「シッポもあった方がいいぞ・・」などと、文句をつけながら楽しんでくれています。

　見回すと、里には子どもとお年寄りしかいないようでした。若い人は、みんな出稼ぎに出てしまっているそうです。聞くと、こんな立派な棚田があっても、お米や林業だけでは生活して行けないとのことでした。

　陽が暮れ辺りが暗くなると、空には星がいっぱい出てきました。雪が音を吸い込んでしまうのか、とても静かな夜です。

　夜十時を過ぎる頃、里の人々の窓明かりもポツリポツリと消え始め、喜んでやっているはずなのに、ちょっとセンチになったりします。

　かまくら作りに疲れたのか、焚き火を囲んでいた仲間も、一人欠け二人欠けて、とうとう起きているのは僕一人になってしまいました。これから一人っきりの長い夜が始まります。

　きっと、この山のどこかで、あの足跡を残したウサギやシカたちも、丸くなってじっとしているのでしょうね・・・。

　小谷の春は、とても遅い春だそうです。

　雪の棚田の上で、ちょっとだけウサギの気分になったかまくらの夜でした。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 二〇〇二・二・一