飛騨で魚釣りをしました。イワナ釣りです。場所は秋神川の支流になる、西洞川という小さな里川です。

　イワナ釣りというと、深い谷や沢に分け入って､薄暗い谷間にはいつくばるイメージがありますが、ここのイワナ釣りが面白いのは、開けた里で田んぼの脇をゆっくり散歩する感じでイワナ釣りができるところです。

　イワナは秋になると、産卵のためにこういった小さな支流を上ってきます。秋神川には大きなダムがありますから、そういうダム湖からも、普段はお目にかかれない大イワナが産卵のために，ニョロニョロこの川を上ってくるそうです。

　泊まった宿には、４０センチを越すイワナの剥製が何コも飾られていました。“うっそーッ”てな感じです。

　大きい魚がたくさん釣れる海の釣りと違って、渓流釣りでは３０センチ以上の魚は“尺イワナ様”“尺アマゴ殿”と崇め立てられ、奇跡でも偶然でも万一釣り上げるようなことになれば、ウキウキニニタ、一日中同じ話を繰り返すはた迷惑な“おしゃべり爺”になります。僕は釣りを十年やっていますが、未だ尺イワナ様には一度も出会ったことがありません。なんとか出会ってみたいものです。

　竿を持って河原に降りると，面白い光景に出会いました。アジメ漁です。アジメというのは、こういう谷川で暮らすドジョウの仲間です。体の模様が美しく，大変おいしいドジョウなので珍重されています。しかし最近ではめっきり数が減って、今では一部の高級料亭でしか食べることが出来ないそうです。

　アジメドジョウも見てみたいのですが、実はこのアジメを捕るための“登りおとし”と呼ばれる仕掛けが面白いのです。川にいるいろんな小魚がいっぱい捕れます。どんな仕掛けかというと、この時期おなかに卵を持ったアジメドジョウたちが、産卵越冬の準備に川の中を移動しています。罠は浅瀬の中に仕掛けてあって、実に簡単なシステムです。

　浅い瀬を長い板でナナメに仕切り、瀬を上ってくるアジメをななめに導き、最後のところで網の中に落とす。それだけです。

　前に違う川でやったことがありますが、この単純な仕掛けにドジョウや小魚が驚くほどよく入るのです。

　近くに行って，引き上げた網の中を見せてもらいました。いるいる、いっぱい入っています。アジメドジョウはもちろん、ヨシノボリ、アブラハヤ、カワムツ、驚いたことにアカザもいっぱい入っています。

　このアカザというナマズ顔の小魚は、環境庁のレッドデータブックに載る絶滅危惧種です。こういう魚がこんなにいるというのは、まだまだ潜在能力の高い川ということになります。もしかすると、本当に尺イワナ様が釣れてしまうかも知れないナーと思ったら、また嬉しくなってしまいました。

　あんまり面白がるので気をよくしたのか、漁師さんが捕れたアジメや小魚をいっぱいくれました。聞くと、アジメドジョウはキロ一万五千円で売れるそうです。

　さっそく釣り始めようとすると、突然ゴロゴロと雷です。ポツポツときたかと思ったら、いきなりドバァーと降り始めました。そのうち止むと思っていたのに、なかなか止みません。小さな西洞川はみるみる濁って増水してしまいました。一瞬ひるんだものの、気分はすでに尺イワナ様です。餌をミミズに変えて、めげずに釣り上がりました。

　川が増水すると、魚はたいてい流されまいと、岸寄りの流れの弱い方にかたまります。

　川岸をしばらく歩くと、流れが巻き返す小さな入り江がありました。はは〜ん、あそこはいるな・・・。入り江の上には，柳の木が覆いかぶさるように茂っています。濁った水と頭の上を覆う柳、魚は完全に安心しているに違いありません。

　柳の枝に引っ掛けないようにして、竿を振り込みミミズを落としました。“ググッ”糸が川底へと引っ張られています。この当たりはたぶんイワナです。いままでにない大きい引きです。もしかしたらと胸が高鳴ります。魚釣りで一番面白いのは、想像していた通りに魚が釣れることです。このイワナはまさしくそれでした。

　あわてると鉤がはずれて逃げられてしまうので、そこはグッと我慢をして竿を合わせません。一度糸をゆるめて、くわえている餌をもう一度深くくわえなおさせてから竿を合わせるのです。案の定、二度目のググッが来ました。エイッ、竿を合わせると鉤はしっかり掛かって、グイグイとイワナが川の中で暴れています。

　出て来たのは、２８センチのイワナでした。尺イワナ様まで、あと２センチ足りませんが、そんなことはどうでもいいくらい満足な大きさです。

　宿に帰ると、「こんな天気によく釣れたねー」と、宿の主人がまたまたおだてるもんだから、早くもウキウキニタニタ、すっかりはた迷惑な“おしゃべり爺”になってしまいました。