雄月で理容店を営んでいた遠藤輝明さん(47歳)が、ニコニコしながらハサミを手にした。うわさを聞きつけ、待ち合わせ場所に訪れた遠藤さんも理容師、今回の津波では店と家族を流されている。床屋としてやれることは沢山あったが、道具が何ひとつ手元に残っておらず、今は慣れない瓦礫の後片付けを手伝っている。
  姿は土木作業員だったが、ハサミを手にする内に、みるみる床屋の顔になった。それが手に職を持つ人の強さなのだろう。

　手渡した「チョキチョキ支援」物資は、今後遠藤さんの仲間を通じて同じく被災した床屋仲間へと手渡される。遠藤さんらの手によって、きっと多くの被災者の頭がスッキリとすることだろう。
 
　「川崎の同業の仲間に、心より有り難うと伝えてください。」小さな思いやりが、確実に伝わったことを確信した。

　被災地を回っていると気が付くことがある。被災者は御悔やみの言葉を待ってはいない。目に入るのは、ありのままの現実に淡々と生きる姿。瓦礫、砂塵、異臭。そこで何が起きたのか考える間もなく察することが出来る。わなわなと震え出す足に、地元の「淡々さ」がどれほど意外に写ったことか・・・。
　メディアはありのままを伝えていなかった。被災地で見た人の姿は呆気ないほどひ弱く、そして驚くほど強い。

　三陸の人間に、津波の恐ろしさを知らない人間など居ない。必ず来ることを予測し、対策も重ねてきた。東京に居ると、津波は突然予想外に襲ったのかと思ってしまうが、それはまったく違う。雄月でも繰り返し避難訓練を実施している。
　区長の話では、大津波の数日前にも、全地区を上げた避難訓練が行われたばかりだそうだ。家屋の9割が全壊する被災だったにも関わらず、ほとんどの人が事前に高台へと避難して助かっているのも、日頃の取り組みに他ならない。

　跡形もなく消えた自宅跡で、悲しみを押し殺し黙々と瓦礫を運ぶ人々に掛ける言葉など見付からない。そっと近寄り、一緒に瓦礫を運ぶことしか出来なかった。

　手渡したハサミは、一本づつ丁寧に新聞紙で包まれていた。ダンボールから出てきたタオルは、フワフワに洗濯されていた。手から手へ・・・届けたものが、途方もなく大きかったことを改めて実感した。(賢)