「たまご」が生み付けられる場所は、仔魚や卵の生存率がもっとも高くなる場所が選ばれます。しかし実際はそれだけでなく、栄養価の高い卵は「捕食」にもよっても、かなりの数が消耗します。様々な条件の中、少しでも多くが生き残るために、卵にはどのような特性が秘められているのでしょう・・・。「形」と「場所」にこだわってみました。

卵の形
　受精したアユの卵は、大きさが約0.8ミリ。半透明の薄い殻の中には、殻の3分の2ほどの卵黄が見えます。それに、丸い卵にはスカートのような物が付いて、まるで「てるてる坊主」のような形をしています。
　卵が石に付いている状態を見ると、このスカートが石に付着するための重要なパーツなのが分かります。なるほど、スカートに見えたものは、「卵の足」だったんですねぇ・・・。

　アユの卵は、流れの速い早瀬にできる砂利の中に生み落とされますから、すぐに石にしがみ付かないと流されてしまいます。一度流されると戻れません。他の魚に食べられるか孵化できない環境へ流されるか、孵化できずに終わります。
　しかしアユの卵には粘着力が無く、直ぐに石に付着できない弱点があります。実際に受精直後の卵で観察すると、卵のスカートが石を掴むまで10秒近くかかっていました。

　そこで親アユは、時間稼ぎのため流れが弱くなる石の下や砂利底に、お腹を埋め込んで産卵をします。瀬の中で卵が偏って見つかるのはそのためです。

　川で産卵をする魚の場所選びには、大別して二通りあります。いずれも、孵化後の仔魚を「どうしたいのか」によって選ばれています。

仔魚を淡水域に残したいグループは、仔魚が流れ落ちない環境を選び、逆に仔魚を下流域や海で生活させたいグループでは、仔魚を早く流し落せる環境で産卵します。ん？当たり前でしたか？

取り分け、アユは流れの速い「瀬」を好みます。しかし、瀬ならばどこへでも産卵するわけではありません。同じようで同じでない、実に巧妙で効率の良い場所を選び産卵しています。この場所選びこそが、実は多摩川のアユ復活の大きな要因のひとつとなりました。まずは、「瀬」の構造から確かめてみましょう。

瀬の構造
　地面の上に流れが生まれると、擦れる底の部分に、一定のリズムで「深い」「浅い」の凹凸が生まれます。たとえば「未舗装の道路」や「スキーのゲレンデ」にも同じような凹凸が現れます。
　川にも、砂利底の上を水が流れることによって、この「深い」「浅い」の凹凸が生まれます。そして、水の流れが掘れて深くなった場所を「淵」、溜まって浅くなった場所を「瀬」と呼びます。流れる水の量が同じな場合、深い所では水はゆっくり流れ、浅い場所は速く流れます。では「瀬」の構造を図で見てみましょう。こんな感じです・・・。

産卵床のジャリ
　アユが瀬で産卵する理由は、様々な説があります。代表的な説には・・・
　�@ 水が撹拌されて、酸素が豊富に含まれている。
　�A 卵を他の生き物に食べられにくい。
　�B 孵化した仔魚を直ちに流し落せる。

　どれも正しい気がします。しかし、この三つの条件だけでは瀬の中の「どの部分？」がはっきりしません。そこでもうひとつ、先ほどの「アユ卵の特性」を満たせる条件を加えてみると・・・ありますねぇ、ココしかないと言う場所が。
　実際に産卵が行われていた、狛江市の早瀬でその場所を確認してみましょう。

　左側の汚れた石と、右側のキレイな石です。卵が見つかるのはキレイな砂利の中だけ。つまり砂利がキレイな平瀬の中だけ。これは、卵の構造上「藻」や「コケ」で汚れた石には付着できないからです。

では、なぜ川底にこれだけハッキリとした汚れに違いが出るのでしょう？　これは瀬の構造上起きる「砂利の新陳代謝」のスピードの違いが生み出す違いです。

川の中にある砂利は通常動きません。しかし、川が増水した時は水の圧力に押された砂利が移動します。台風などの大増水時には、巨大な圧力が生まれ川全体の砂利が入れ替わり全部がキレイになりますが、通常の微増水では一部だけがしか入れ替わりません・・・つまり、それがココです。

微増水でも動く小砂利は、最初の「かけ上がり」を登って後、弱くなる水圧で止まります。それに流れの速度が変わる分岐点なので、早くなる側の砂利は飛ばされ続けています。つまり、砂利が積もったり流されたりを頻繁に繰り返すので汚れないのです。

さらに、平瀬の砂利はキレイなだけでなく、出入りが頻繁なので積もり方が柔らかいので、したがって上を歩くと河床がフワフワで底が詰まった感じがしません。逆に砂利の動いていない砂利底では、石の間にも汚れが詰まりカチカチに締まっています。多摩川のアユが産卵をする「平瀬」とは、そんな環境を持つ場所です。

水のキレイな川では、瀬の環境ならば場所にこだわらずアユは産卵をしています。しかし多摩川のアユは、何処にでも卵を生むことは出来ません。生活排水が大量に廃棄され水が冨栄養化し、川底の環境が著しく悪いからです。再生するアユを支えているのは、産卵水域の瀬に生まれる、僅かな「平瀬」に積もるキレイな砂利たちでした。

　川の流れの中には、流れることで生まれる様々な環境があります。たとえば流れの強弱によって生まれる「巻き返し」や「沸き起こり」。人工物の多い都市河川なら、ダムや堰による「遮断と開放」、それに「中洲や橋脚による分流合流点」などなど、一筋縄ではない多くのイレギュラーがあります。そして、産卵に群れるアユは、そう言った「イレギュラー」が大好きなのです。

　アユの産卵観察では実績の高い「狛江・五本松前中州」の瀬で、中でも産卵が最も集中する瀬を使って調べてみました。

主流軸に乗る「瀬」
　�Bの瀬は、�@や�Aの瀬と違い、川を流れる流芯と同軸方向に流れます。逆に�@や�Aの瀬は、川の主軸から左右に振り分かれ岸にぶつかっています。実は多くの河川で、アユの産卵は真っ直ぐ下流に伸びる主流筋に集中します。
　理由は、孵化直後の仔魚を真っ直ぐ流芯に乗せるためです。流れが曲がったり岸にぶつかる瀬では、撹拌流が複雑で仔魚が体を傷付けたり、流下が滞ったりと不都合が多いからです。その後の流下仔魚の調査でも、真っ直ぐ下流に向かう瀬下で最も多くの仔魚が採取できています。

　また、下流側に続く�C〜�Eの瀬では行われていません。同じ向きに流れてますが、流速が劣り前後の環境も狭いからかも知れません。ちなみに、他の段々瀬でも集中するのは一段目の早瀬となります。
　瀬の形状と造成が自然であろうが人為的であろうが、複数の瀬が構成されている場合は変わらず同じです。