第五章「アユが教えてくれたこと」

　毎年良くなる・・・これは多摩川の生き物とまみれて暮した、紛れも無い私の実感です。いつの間にか「奇形」した魚が居無くなり、やがて「低層魚」が復活。今では「回遊魚」が産卵を成功させ天然増殖する川へとなりました。

　日々、元気を取り戻す生き物たちと出会いは、数値では表すことができない大きな喜びを与えてくれます。良くなることを実感するのは、とても楽しいことなのです。

　多摩川でアユがどのように繁殖を成功させているのか・・・これは長い間、私の多摩川観察の核でした。95年11月、二子多摩川で初めて見たアユの産卵は忘れることが出来ません。

　当時は多摩川にアユが居ることすら知られていない時代でしたが、その日、私の水中メガネのすぐ前で、体をボロボロにしたアユたちが、見事な産卵を成功させました。濁った水は下水の臭いを放ち、川底は堆積する汚れで卵を生み付ける砂利が見えなくなっていました。そのあまりの健気な姿に・・・胸が張り裂けそうになったことを覚えています。

何時の間にか、帰って来た多摩川の「カワセミ」心なごむひと時・・・。

　アユは清流のイメージを持つ魚ですが、本来は川の中流域に暮らす魚。比較的汚れには強い魚で、居ない川の方が特別です。それに、その身近さゆえ日本の四季を飾る魚として、またその圧倒的な数量と味の良さもあり、古くから多くの日本人に愛されて来ました。アユを思う時、そこに様々な思いがよぎるのも・・・そんな親しい間柄のせいかも知れませんネ。

　多摩川のアユは一度消えて帰って来た魚。自然が少ないと思われていた、この東京の「海」と「川」が復活させました。私たちの誇り高き故郷。忘れかけていた大切なことを、あの健気なアユたちに教わったような気がします。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２００７年１月１９日

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　中本　賢

※多摩川アユの産卵映像　「アユの再生・産卵」　を見る