遠野ガサガサ

2025’ 多摩川ノート

遠野ガサガサ

北上山地の民話の里を、川の中から感じてみた

○ 観察場所	岩手県遠野市土淵山口集落
○ 観察日	2025年5月14日
○ 制作日	2025年5月24日　(脱稿)
○ 観察と記録	多摩川クラブ　中本　賢

　ぎょろりと開いた目。民話の里、遠野市土淵にある山口集落の川で網に入った。八つ目ウナギの仲間は「生きた化石」と呼ばれる繊細な生き物。形状が似ているウナギを名乗るが根本的に違う。森と深くかかわる「土の山」がないと暮らせない。民話の里で出会うと、ちょっと複雑な気持ちになるなぁ・・・。

岩手県遠野市

岩手県の北上高地の中腹にある「遠野盆地」。写真奥の稜線の先は釜石市で三陸海岸にも近い。里を囲む山々はミズナラの森。穏やかな「土の山」は、人にも魚にも優しい筈？

　春になると心がモゾモゾし始める。今から十三年前、テレビの取材で初めて訪れた岩手県遠野市。その時に聞いた民話への違和感と、横を流れる小川でガサガサ出来なかった悔しさがモゾモゾさせている。毎年準備はするものの、これまで毎年行けていない。

　遠野と言えば「遠野物語」。明治43年。遠野に伝わる不思議な現象を、柳田先生が119話の民話集にまとめた。たった百年前の話だが、どれも現代の物差しでは計れない不思議だらけで興味が尽きない。

　この民話を生んだ風土と暮らしを調べてみたい・・・。

　その場合、制約のないプライベートでなければならない。さらに、それは「ついでに」を待つと行かないって事も分かった・・・今年はすでに心を決めている。
　五月の連休騒ぎが終わるのを待ち、川道具を背負いガラガラの新幹線に飛び乗った。よし今年こそ、やるぞッ！

北上高地と遠野の関係

　まずは風土。陸奥の国は穏やかな北上高地と火山連なる奥羽山脈が並び、その間を北上川が二つを割るように流れている。山の個性も別々で、雪の多い奥羽山脈と高地・高原気候の北上高地で分かれる。

　川はどこも勾配が強いので、呑気な淡水魚は少ない。それに流路のほとんどが水源域。冷たい湧水で夏でも水温の低いのが特徴だ。
遠野は、そんな北上高地中央にある盆地。冬は寒く夏が暑い盆地気候も重なる。

　兎にも角にも、まずはガサガサだ。遠野物語の中心的な集落を流れる山口川でスタートすることにした。

山口川ガサガサ

山口川は北上川水系最奥の支流。ミズナラの森から湧水を集めて流れている。「遠野物語」で重ねて登場する里の川だ。58話のカッパが出た姥子淵もこの川にある・・・出てきたらどうする？。

ガサガサ結果

○実施日	5月14日　11時12分～11時46分
○採取時間	34分
○使用漁具	「柄長ダモ」3㎜網目38㎝幅を使用
○水　　温	14℃
○状　　況	濁っている。生き物密度 (少ない)。

　水が冷たい。地下からの湧水が川を支配している。流れも強く川底の新陳代謝も早そうだ。見た目は強い護岸環境だが、イワナの幼魚が岸寄りの深見のある場所で群泳。繁殖にも使っているうようだ。

　田植え時期に重なったので水は濁っていたが、期待通りの出会いに満足した。それにしてもだ・・・目が開いたスナヤツメを始めて見た。衝撃的な顔になっていた。

スナヤツメ

　スナヤツメウナギが二匹入った。言っちゃ～何だが滅多に出会えない。僕が、遠野物語の作者ならこの魚の不思議話を必ず入れだろう。いまだ魚類か無顎類なのか区別もはっきりしない不思議だらけの魚(？)なのだ。

　ウナギの名が付いても別物。「八つ目」は目の後ろに七つのエラ穴が並ぶせいで、本物の目が現れるのは繁殖期の僅かな期間だけ。それまではドロ底の中で暮らし、目は被膜に覆われて見えない。まるで川底のミミズみたいな生き物だ。

　繁殖活動後にアッサリ死んでしまう。死ぬ前の一瞬だけ現れる目。何を見るのだろう？興味が湧くところだ。

遠野市の素顔

この時期、遠野の川が濁るのは「代掻き」のせい。人は変わっても暮らしは変わらない。

　山口集落は、その名の通り山の入り口ある。後ろの豊かな森から肥沃な泥が流れ落ちていることを、スナヤツメが教えてくれた。北上山地の森に囲まれた遠野盆地は、豊かな水と土壌でかなり豊かな土地であることが分かった。

集落ガサガサ

　小川から上がると、何処にでもある過疎地の農村風景だった。休耕田と空き地の棚田が続く。辻々には祠(ほこら)が建てられ、田んぼの中に代々の古い墓石が建っている。その願いの多さは、お宮や石造物からも察することができた。

遠野物語で中心になっているのが、この土淵地区の山口集落。そもそも遠野物語は、ここに住んで居た佐々木喜善と言う文学者から聞いた話が元なので、この場所にまつわる民話も多い。

　民話では様々な化身が登場する。どれも、おどろおどろしい。良く知られた化身では「カッパ」「ザシキワラシ」それに「オシラサマ」。この三つとも山口集落に絡む民話で登場している。

　実際に、そこがどんな場所なのか訪ねてみた・・・。

河童カッパ

　遠野カッパで最も代表的な話として登場する「姥子（うばこ）淵」。ガサガサをした山口川の集落上方にあった。

　代掻きの田んぼ水が入って居ないので、恐ろしく澄んでいる。勾配も緩く、浅い流水が砂と泥の上を流れていた。とてもじゃないが、カッパが暮らせるような場所には見えない。

　カッパ淵は遠野内だけでも十か所ほどあって話もまちまち。どの話も、ただの目撃情報から恐ろしい噂話まで、まるで実話のように語られている。たとえば、こんな感じだ・・・

（五十八話）

　小烏瀬川（こがらせがわ）の姥子淵のあたりに、新屋（しんや）の家という家がある。
　ある日淵へ馬を冷やしに行き、馬を曳くの子はほかの場所へ遊びに行っている間に、川童が出てきてその馬を引き込もうとし、仕返しに馬に引きずられて厩（うまや）の前に来てしまい、馬槽（うまふね）に覆われていた。

　家のものが馬槽が伏せてあるのを怪しんで少しあけて見ると川童の手が出ていた。村中のものが集まりて殺そうか許そうか評議したが、結局今後は村中の馬に悪戯をしないという堅い約束をさせてこれを放した。

　その川童は今は村を去って相沢（あいざわ）の滝の淵に住んでいるという。

　カッパが悪さをする話は全国的にもポピュラーだが、遠野にはそうではないカッパ話もある・・・

（五十五話）

川には河童がたくさん住んでいる。猿が石川にとくに多い。松崎村の川端に、二代続けて河童の子を孕（はら）んだ家があった。生まれた子は斬り刻んで一升樽に入れ、土中に埋めたという。

女の所へ村の何某かという者が夜々通うという噂が立ち始めた。始めは、婿が浜の方へ駄賃附に行った留守の夜だけだったが、のちには婿と寝ている夜もくるようになった。

河童だという評判がだんだん高くなり、一族が集まって守ろうとしたが何の甲斐もなかった。

お産は難産であった。ある者が言うには、馬槽に水をたたえてその中で産めば安く産まれるというので、試してみると果たしてその通りであった。その子は手に水かきがあった。

この娘の母もかつて河童の子を産んだことがあるという。この家如法の豪家で何某という士族であって、村会議員をしたこともあるという。

　遠野の話は、微妙に生々しいのが不思議だ・・・。

ザシキワラシ

　山口集落のほぼ中心地に、十八話で登場するザシキワラシの山口孫左衛門の屋敷跡と墓があった。畑作もしてない空き地だが、大きな敷地跡であり里の長者だったのが伺える。

　ザシキワラシは、こんな話で登場する。

（十八話）

　土土淵村山口の、山口孫左衛門の家には童女のザシキワラシが2人いると伝えられていたが、ある日、同じ村に住む男が街へ出て、その帰り道に橋を渡ろうとしていると、向かいから見知らぬ童女が2人歩いてくるのに出くわした。

　2人はなにやら考え事をしているようで、男はどこから来たのか尋ねてみると、山口の孫左衛門の家から来たとの事であった。行き先も尋ねてみると、ある村の豪農の家の名を答え、男は

「これはおそらくザシキワラシであろう、孫左衛門の家もそう永くは無いだろうな。」

と思った。ほどなくして、孫左衛門の家では主従二十数名が茸の毒にあたり死亡し、その間に出かけていた7歳の娘だけが生き残ったという。

　遠野物語のザシキワラシは、多くは12?13歳くらいで男女どちらもいるそうだ。ザシキワラシがいる家が栄えるのは共通で、それが「神様」なのか「魔物」なのか、区別がない所が意味深い。

オシラサマ

　山口集落を通る大槌街道沿いに在る大洞家。今見ると普通の民家だが、六十九話オシラサマの舞台になった家だ。寂れた山街道にポツンとあった。
　話は飼い馬と娘の恋愛悲話で、怒った父親に首を切られた馬が娘を連れて天に昇り神様になると言う筋立て。

　馬を大切にした東北地方に多い話だが、遠野のオシラサマは有難いのか恐ろしいのか、こちらも判断がしにくい仕立てになっている・・・

（六十九話）

土淵村の山口に大洞万之丞と言う長者が居て、この人の養母であるおひでは80歳を越えてなお健在だった。佐々木喜善の祖母の姉に当たり、そのおひでが語った話に次の話がある。

昔、貧しい百姓がいて、早くに妻を亡くしはしたものの美しい娘と馬を所有していた。娘はこの馬のことを愛しており、夜になれば馬と共に眠り、ついには馬と夫婦になったという。

様子がおかしい事に父も気づき、ある晩に一緒にいるところを見つけるや馬が憎らしくなり、娘が居ない隙をみて嫌がる馬を連れ出し、桑の木にぶら下げて馬を殺してしまった。

夜になって馬が居ないことに気づいた娘は父を問い詰め、起こった事を知ると桑の木に駆け寄っていき、ぶら下がった馬の首に縋りついて泣き出してしまった。

父はその姿をみてまた憎しみが募り、ぶら下がった馬の首を斧で切り落とすと、馬の首は娘もろとも天へと昇っていってしまった。

オシラサマとはこの時生まれた神で、馬を吊り下げた桑の枝でその神の像は作られた。像は3体作られ、元の部分で作られたものは姉神と呼び、山口の大同にある。

中ほどで作られたものは山崎の在家権十郎という者の家に、末の方で作ったものは妹神として附馬牛村にあるとされている。

　これも凄い話だ。ハッピーエンドは皆無。それが伝承なのか戒めなのか、語り継がれた理由が見当たらない。

　それぞれの当該地を訪ねて改めて遠野物語を読み返してみた。でも、分からない。五月遠野の新緑と陽だまりが気持ち良すぎて、暗い話が入ってこない・・・当時を知らない現代人が、本をたよりに土地の暮らしを想像するのは無理なのが分かった。

　一つ気になったことがある。

　かつて遠野の人々は、座敷童子や河童を純粋な「妖怪や魔物」と思っていなかったのでは？と、感じることだ。恐れるのでなく、むしろ淡々と受け入れていたようにも見れる。

　この先は他所者には分からない。物語の本当の姿を知っている地元の方と、再会できたので尋ねてみた。

運萬治夫さん

　運萬治夫さんと初めて会ったのは、13年前のテレビ取材の時だった。この集落で昭和23年生に生まれた地元の方だ。その時、様々な地元事情を聴いた覚えがある。遠野物語への違和感の始まりは、そこから始まっている。もちろんテレビでは放送できない内容ばかりだった。

　「もう一度、きちんと話を聞きたい。」
快く引き受けて頂き、記録として残すためビデオ撮影を同時にすることを承諾してもらった。概略版として、その一部を紹介する。

運　萬	「河童も座敷童子も、”わらべ ”って書くでしょ？あれはどっちも子供の話だからだよ。昔は、どうにも出来ない暗黙のシキタリみたいなのがあった。おれが子供の頃にも残ってたけど、昔はもっと厳しかった。
中本	「どんなシキタリですか？」
運萬	「昔は、長者と貧乏人にはっきりした違いがあった。貧乏人は長者の娘とは結婚できねぇし、逆も同じだ。僻地だから他所から人が入るこたぁねぇ。だから貧乏人は貧乏同士、金持ちは金持ち同士が所帯を持ったんだ。だから、だんだん血が濃くなって、障害持って生まれる子も多かった。」
中本	「・・・」
運萬	「そうゆう赤ん坊が、河童と座敷童子になったんだ。」

　東北で飢饉のたびに起きた「口減らし」の悲話をよく耳にする。障害を持つ赤ん坊が、その後どのように河童や座敷童になったのか話してもらった。

　それは、夫婦のみならず血縁一族にとっての問題。新たな婚礼の妨げにもなる。したがって密かに始末しなければならなかった。
　対処方法は身分によって変わる。貧乏人の家では、生まれたのは人の子ではなくカッパだとし、川に返すため淵に投げ込んだ。遠野のカッパが赤いのも、指が三本しかないのも理由がそこに在るそうだ。

　一方で、座敷童子。遠野物語では長者の家に居る。長者の家でも障害を持つ赤ちゃんは生まれる。違うのは長者は暮らしに余裕があり、障害児でも養うことが出来た。だから川に投げず隠して育てた。家の中にある人目に付かない場所に座敷牢を作り、そこで囲い育てた。

　しかし狭い村社会のこと、やがてそれは誰もが知ることになる。誰もがその苦しみを理解したいた。知らない振りをする気遣いが生まれる。
　たとえば、来客中にその子が騒ぎ声が客間に漏れるたりする。それを聞いた客人は「ありがたいね。この家が豊かなのは、幸せの座敷童が居るおかげだ。」と、ねぎらった。座敷童は、そんな長者への気遣いから生まれている。
　しかし遠野物語では、それを長者の没落に利用する民話が登場して、実態を知らない人々に妖怪のイメージが付いた。

　話は続く。オシラサマも実話だったそうだ。当時の格差は長者と貧困者だけでなく、家庭内にもあった。長男と次男三男の扱いの格差だ。家を継がない次男三男は家に残りづらく、食い扶持減らしに奉公に出された。

　奉公先は、村の中には長者の家しかなく、そこでは下僕として馬よりひどい扱いを受けたそうだ。座敷に上がることも許されず、藁に包まって夜を過ごした。
　五十八話に登場する、長者の娘が恋をしたのは馬ではなく、厩に暮らす下僕の男だった。それを知った父親が激しく叱咤。悲観した二人はその後心中している。

　五十八話では、馬は殺され娘を連れて天に昇ったが、これは村社会の実情があった。当時、心中は悲話としてではなく親の責任問題として問われた。したがって娘は心中したのではなく、馬の首が連れ去った話として作り変えられている。
　長者の親を責めることなく、身分の違う恋愛はしてはならないという戒めとして語り継がれたそうだ。
　古い遠野を知る人間にとって、遠野物語で登場する民話は全て実話である。どの話がどこの家のことなのかを知っている。村の年寄りが観光客に無口なのは、それが村人にとって楽しい話ではないからだ。
　運萬さんが、必ず伝える言葉がある。
　「昔話と民話はちがう。」

　昔話しに事実は必要ない。しかし遠野の民話は、オブラートに包まれた生々しい事実と言うこと。その違いは、当時の微妙な空気感を知らないと理解できない。

　遠野物語の序文では、純粋な供述書として出版したことが書かれている。どれも事実だと知っていたからこそ、文学として加筆が出来なかったのかも知れない。所々の配慮が物語っている。

　もし、僕が当時の里人だとしたら、この本をどう感じただろう。そして百年後の今、年間百五十万人の観光客が集まる観光地になったと知ったら・・・それをどう受け止めるだろう。

　河童がぬいぐるみにされている。祀るべきご先祖が、まるで妖怪のように扱われている。
　「知らないから仕方ない。」「話しても分からない。」諦めを感じて、やっぱり黙ってやり過ごすしかないと思う。

　昔の人が特別だったわけじゃない。苦しみや悲しみの感じ方も、きっと今と同じ筈だ。八方塞がりの中、現世では解決できない苦しみを祠に祀った。河童やオシラサマが神様なのは、それが供養でもあり不条理を腑に落とすためのツールだったからだと思う。辻々に建てられた石碑や祠の数が、その苦しみの多さを物語る気がした。

　東北の根はどれも深い。通り一辺倒で計ることは出来ない。どれも楽しい気持ちになるものではない。自身の深層に迫る沈黙と、その愛おしさに襲われている。
　風土と暮らしはそれぞれだ。二度目の旅だったが、初めて見て映るものばかりだった。今後に活かしたい。

2025年5月22日中本賢

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