タヌキは毎日同じところにウンコをする。一族郎党、毎日毎日同じところでするから、そのうちウンコがこんもりと盛り上がって、ウンコ塚ができる。“ため糞”とは、このウンコ塚のことを言う言葉だ。
　タヌキが同じ場所でウンコをするのは、別にウンコをもて遊んでいるからではない。動物学者さんの説によると情報交換、つまり仲間の糞の臭いで、食べてるものや仲間の状態などを知る場として利用しているらしい。
　その昔、お城のお殿様の便は、毎回侍医の漢方医によって、細かく分析されていたそうだ。もしかすると、ウンコには僕らの知らない情報がたくさん隠されているのかも知れない。

　出来るなら、そのため糞を一度見てみたい──。多摩川のタヌキを見続けて、すでに一年。春生まれた子ダヌキたちは、今のところスクスクと育っているが、このまま無事にここで暮らしていけるのだろうか。もし多摩川のポンポコのため糞が見つかるならば、その中に隠された情報から、多摩川のポンポコの未来が見えてくるかもしれない。

　ため糞探しはすぐ始めることが出来た。なにせタヌキを調査した報告は数多くあり、大変に参考になるからだ。しかし、どれも山のタヌキの話ばかりで、河原のタヌキはあまりポピュラーではない様子。まー山でも川でも同じ条件が重なるところを探せば、ため糞はきっと見つかるに違いない。とにかく思いたったが吉日、さっそくため糞探しを始めた。

　河原には、細い藪の帯が川に沿って長く伸びている。ポンポコたちはこの藪スソをメインにして河原を動き回っていて、ため糞があるならこの藪を中心に探せばすぐに見つかるはずだ。とりあえず大人一人で、藪の中をゴソゴソしていて警察に通報されるとまずいので、息子と二人で虫取りをする親子を演出しながらため糞探しを始めた。

　探し始めると、じつにまーウンコの多さに驚かされる。いたる所に落ちている。ほとんどが犬の糞。街中ではとんと犬の糞など見かけなくなったが、さすがに河原に来てしまうと犬グソを持ち帰る人は少ないらしく、大小さまざま落ちている。

　糞の近くに丸めたティッシュがあるのは人糞だ。野生動物は、排便の後にティッシュを使わないからすぐ解かる。こちらは犬の糞と違って、まとまって同じ地域に点在していることが多い。その理由はおおまか想像できる。
　経験上、多くの人数で野宿した場合、翌朝のトイレタイムに各々勝手に藪に消えて用をたしているはずなのに、行くと必ず誰かが先に用をたしている。３６０度見渡す限りの原野でも、おおまか同じ場所に心が傾くのは何故だろう・・・。
　
　これはじつに不思議なことで、打ち合わせもなくいつの間にか同じ場所を選んでいるのは、お互い安心する基準がほぼ一緒だということにほかならない。ついでにそこがどんな所かと言うと、

�@ 背後が藪で被われている

�A 前方は開けて見晴らしがいい

�B 足場が平らである

　この三つの条件でほぼ満たされる。パンツを脱いで座っているときというのは、大変にスキだらけで無用心きわまりない一瞬である。この場所選びは、単純に恥ずかしいとか見せたくないだけでなく、無意識に近いほとんど“動物本能的勘”がそこを選ばせているのかも知れない。

　驚くことにポンポコたちのため糞は、人糞のあったところとほぼ同じヤブの出口にこんもりあった。つまりタヌキと人間は、おなじ理由で安心してウンコしていたのだ。したがって多摩川でタヌキのため糞を見つけたいなら、まず自分がウンコが洩れそうになってみれば良いということになる。

　タメ糞の中にあったタヌキのウンチは、犬のそれとほとんど変わらない。違うのは犬糞のように勝手気ままにひねったというのではなく、あきらかに同じ場所を選んでしているところだ。思っていたより量が少なかったが、きっと糞を餌にする昆虫が運び去ったのだろう。さっそく未消化物を洗い出してみる。方法は、ウンコを水に溶かして金魚用の網でこしてみた。出て来たものを書き出してみると、

�@ 昆虫の羽根や手足（一番多く入っている）

�A 魚の骨やうろこ（水辺でコイやフナが死んでいるのを食べている？）

�B 発砲スチロールのお皿のかけら（バーベキュー組のゴミ）

�C コンビニ袋の切れ端（ゴミは袋ごとの方が多い）

�D 鳥の羽根（鳩？捕った？）

�E 輪ゴム（なんかいくつも入ってた）

�F 大量の毛（自分の毛のようだ）

　糞の内容物を見てみて感じたのは、思っていたよりはるかに自然食をしているということだ。季節が秋ということもあったが、特に昆虫類は大量に食べていた。これだけ天然食品を食べているなら心配ない。
　それとゴム類は食感が好きなのか良く入っていた。近くに落ちていたゴルフボールには、かじった跡が付いているのが多く、外側の皮を噛み破き中に巻いてあるゴムをこれまたかじり切っている。きっと何かが気になるのだろう。

　面白いものも発見した。ため糞を探して藪の中にあるタヌキ道を進むと、突然藪の中の開けた空間に出くわす。そこにはベニヤやビニールシートで作った小屋が建っていて、明らかに人が住んでいる。ホームレスの家が藪の中にあるのだ。それもかなりの数点在している。
　藪の外からはまったく気付かなかったが、藪の中で藪を切り開き居住空間を作っていた。全て一人用住居で、釣りザオ持参の人も多く、大変幸せそうなロケーションではある。きっと、都心の繁華街で群れて暮らす人たちとは、別種のライフスタイルを持ったホームレスに違いない。

　面白いのは、この人たちのウンコがまとめて同じ所にあり、まるでため糞状態だということだ。ちなみに藪中のホームレス宅は四ヶ所見つけたが、うち三ヶ所はその敷地内に新旧ところを変えたため糞が盛ってあり、見た目ではタヌキのよりもさらにため糞ぽかった。やはり、同じ場所でなくては安心できないのだろう・・・。もしかすると、人間も野生に近くなると、ため糞をし始めるのかも知れない。

　様々なため糞には、様々なため糞なワケがある。さしずめこの河原で、勝手気ままに何の心配もなくウンコができるのは、人間に飼われたバカ犬ぐらいだろう──。