しばし僕は、衝動的に湧き起こる物欲に対して、なんの抑制機能も働かないことがある。古くは近所の駄菓子屋にての、すももビンごと買い占めてしまった事件から、現在に至るすべての大物買いが、衝動買いによるものと言ってしまっても過言ではない。

　かくして、衛星第２で始まるＡＭＡスーパークロス生中継放送前日、無理やりスクーターに積んでズリ落ちそうになるパラボナアンテナとＢＳチューナーを、必死に両ヒザの内側でくい止めつつ、これから始まるであろう家庭内紛争にどう対処すべきか考えていた。

　思い起こせば、結婚してからもこういったケースはままあった。

　カセットテープを買いに行ってビデオカメラを買ってしまうわ、はたまた乾電池を買いに行ってファクシミリを買ってしまうわ・・・目的と何の関係もない高額のものを電気屋の思うがままに買ってしまう。

　今までのパターンで言うと、まず意表をつくことで精神的に優位に立つ。つまりドアを開けたとたん

　「パラボナアンテナ買っちゃった！ガッハッハッ！」

　などと信じられないほどの上機嫌で、第一歩を踏み入れる。あともう無理やり肩などをもみながらギャグを連発し、もしもそれに奥さんがクスリとでも笑ってくれたりしたら、もうほとんど成功。あとは多少ムッとするようなグチやイヤミも笑顔で聞き流しているうちに、いつしかおさまってしまう。

　逆に思いっきり不機嫌にドアを開け、敵にある程度の緊張感を与えて攻撃のスキを見せないなどという手もある。このパターンは去年秋葉原でオープンデッキを衝動買いした時に、すでに試みているが、いつしか不機嫌芝居を忘れたとたん、敵のジワジワした攻撃に甘んじなければならないし、こうなると必ず長く尾を引くことになる。

　それに今回、衛星放送セットを買う買わないでこれまで何度も折衝を重ねているだけに、今さら機嫌悪くドアも開けられない。

　階段を上がりながら僕は決意を固め、ドアのチャイムを鳴らした。

　「ハイッ！どちら様ですか？」

　「オトータマデース！」

　すでに始まっている・・・。そしてドアの開くのと同時に

　「ガッハッハッ、パラボーラッ買っちゃった！」

　サンバよろしくポーズをとってみたものの、唐突に彼女の笑顔は見事に消え失せ、あっという間に後姿の人となった。

　気持ちを取り直しつつ後ろを追っていろいろやってみたが、敵は皿を洗ったまま振り向きもしない。かなり本気に怒っている。なすすべもなく、僕は上機嫌を装いつつ組み立て始めた。

　・・・不思議なことである。はるかかなたから送られた電波を、中華鍋を逆さにしたような、たったこれだけのアンテナが受信し、今我が家のブラウン管にクッキリと映像を映し出している。

　先ほどからまだ奥さんは口をきいてくれないし、上機嫌芝居もそろそろ飽きてきたし、衛星チャンネルを変えてみた。

　「ギャ〜〜ッ！」

　突然現われたレッドキングとスペシウム光線を放つウルトラマンに、ブロック遊びをしていた６才の息子、隆太郎が悲鳴とも歓声ともつかない大声を立てて、テレビの前に飛んで来た。

　以来、“ウルトラマンエイティ”にいたるまで、連日３話ずつぶっ続けで放送してくれるわ、奥さんの大好きなアーティストのライブをジャンジャンやるわで、気がつくとＢＳチューナーのリモコンチャンネルは、すでに僕の手には戻らなくなってしまった・・・。

　衛星放送は、こわくない！